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礼拝メッセージ(2007年8月)

今月のみことば
キリストが、あなたがたの信仰によって、あなたがたの心のうちに住んでいてくださいますように。(エペソ3:17)



2007年8月26日

國分広士牧師
聖書箇所:ローマ人への手紙 10章9節-13節
宣教題:「主の御名を呼び求めよ」
國分牧師

1.「救われる」とは

聖書の言う「救い」とは何か? 6-7節に「天に上る・地の奥底に下る」と書かれているように、地獄に落とされるはずの者が天国に入れていただけるという「神の裁きからの救い」のことである。天国に行けると信じた人は、精神的にも楽になり平安をもって生きることができる。

2. 「救われる」には

10節に救いの条件として「心で信じる・口で告白する」という二つのポイントが示されている。心で思っていても口には出せないなら、本当に信じているのか疑わしいし、口先だけの告白も神の前には通用しない。我々日本人は「告白」が苦手であるので、このことばは特に覚えておきたい。今、イエス様を、「自分の為に死なれ、またよみがえられ、今も生きておられる自分の主」と告白できるだろうか?できるなら自分の祈りの中で日々告白しよう。

3. 主の御名を呼び求めよ

御名を呼び求める者は「信仰」と「告白」を行っている。呼びたくないなら主を邪魔にしている。都合の良い時だけ呼び、都合の悪い時には引っ込んでいてもらいたいなら、「主」ではなく「しもべ」である。聞き従う思いで主を呼び求めよう。具体的にはみことばを求め、与えられたみことばには聞き従う努力をし、できないならその非を悔い改め赦していただこう。



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2007年8月19日

國分広士牧師
聖書箇所:エペソ人への手紙 3章14節-21節
宣教題:「すべての聖徒とともに」
國分牧師

1.父なる神に祈る(14-15)

今日の箇所はパウロの祈り。パウロは父に祈った。父は全ての根源であり、パウロはその方に祈る時、畏敬の思いをひざをかがめると表現した。真に畏れ敬う方を知っている事は幸い。父をあがめよう。

2. 心のうちにキリストが住まれるように(16-17)

神に期待するときは、神の豊かさを信じる事から始めよう。自分の惨めさからスタートすれば何も期待できない。最大の期待は、主キリストが心のうちに住んで下さるという事。自分の心の外に主がおられるのと、心に住んでいて下さるのとでは、交わりの深さが全く違う。私たちも心に主を迎えよう(黙3:20)。

3. 神ご自身のさまにまで(18-19)

私たちの霊的成長はどこまでを目標と考えるべきか?成長には段階がある(Uテモテ2:2参)が、最終的には神ご自身がその目標。わたしたちは神のかたちなのだから、本質をあらわそうとすれば神ご自身を目当てとするのは当然。もっと低い目標で十分といった甘えはないか?成長を願おう。

4. 思いを超えて恵みを施す方(20-21)

神の偉大さは、単に知恵や力だけでなく、豊かに与える心の広さという面でも偉大。自分の延長として神を想像するなら神の寛容さを見落とす。無限に与える恵み深いお方を信じよう。



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2007年8月12日

國分広士牧師
聖書箇所:エペソ人への手紙 3章14節-21節
宣教題:「心のうちに住むキリスト」
國分牧師

1.父なる神に祈る(14-15)

今日の箇所はパウロの祈り。パウロは父に祈った。父は全ての根源であり、パウロはその方に祈る時、畏敬の思いをひざをかがめると表現した。真に畏れ敬う方を知っている事は幸い。父をあがめよう。

2. 心のうちにキリストが住まれるように(16-17)

神に期待するときは、神の豊かさを信じる事から始めよう。自分の惨めさからスタートすれば何も期待できない。最大の期待は、主キリストが心のうちに住んで下さるという事。自分の心の外に主がおられるのと、心に住んでいて下さるのとでは、交わりの深さが全く違う。私たちも心に主を迎えよう(黙3:20)。

3. 神ご自身のさまにまで(18-19)

私たちの霊的成長はどこまでを目標と考えるべきか?成長には段階がある(Uテモテ2:2参)が、最終的には神ご自身がその目標。わたしたちは神のかたちなのだから、本質をあらわそうとすれば神ご自身を目当てとするのは当然。もっと低い目標で十分といった甘えはないか?成長を願おう。

4. 思いを超えて恵みを施す方(20-21)

神の偉大さは、単に知恵や力だけでなく、豊かに与える心の広さという面でも偉大。自分の延長として神を想像するなら神の寛容さを見落とす。無限に与える恵み深いお方を信じよう。



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2007年8月5日

國分広士牧師
聖書箇所:エペソ人への手紙 3章7節-13節
宣教題:「神の永遠のご計画」
國分牧師

1.福音に仕える(7-9)

福音とは「良いしらせ」であり、何を知らせるのかというと、神の救いの約束である。イエス・キリストを信じる者は皆、罪が赦され神の罰ではなく救いをいただく。罪を犯さないでは生きられない者にとって、信仰以外に必要でないというのは、まさに福音。パウロは自分のような者に福音を人々に知らせる使命が与えられたことを「恵み」と呼んだ。

2. 神の永遠のご計画(10-11)

神は永遠無限に存在するお方。私たち人間は有限なので「永遠」を正確には理解できない。ただ、神の知恵と力が永遠無限(全知全能)ならば、神は全てを最初から知っておられ計画していたはずとは言える。救いは人間が罪を犯した後に計画したのではなく、永遠の計画。時が来るまでは隠されているが、全てのものはご計画の中で意味ある存在として造られたのだ。

3. 大胆に確信を持って(12-13)

福音によればキリストは全てを完全に支配し愛と聖さに満ちた世界を再創造される。現在の状況の単純な延長が未来なのではない。やがて神が世界を裁く時が来る。その時までは、神に忠実であることはこの世では愚かに見え、苦しみがあったとしても、裁きの時には主に「よくやった」とほめられる。この望みが大胆に神に近づく信仰を育てるのだ。



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