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礼拝メッセージ(2004年12月)

2004年12月26日

メッセンジャー:國分広士牧師
聖書箇所:マタイの福音書 6章26節〜34節
宣教題:「明日の心配は無用」
國分牧師

1.見なさい(26,28)

「空の鳥」「野のゆり」、主はそれらを見よと言われる。では私たちはそれらを見ているか。わかっていると思いこんで無視してはいないか。小さいものたちにも与えられている主の恵に注目しいているだろうか。

2.もっとすぐれた者(26,30)

小さい存在に目をとめるのは、私たちが「神のかたち」(創1:26-27)であることを思い起こすため。私たちの行ないが足りなくても罪深くても、主に似ているから、私たちは愛されている。神の愛は変わらない。ここに信仰の出発点がある。

3.明日の心配は無用(25,27,28,31,34)

主は繰り返し私たちが自分の人生を心配することの問題を指摘される。恵み深い主が私たちの必要を知っておられるのに、なお心配するのは「信仰が薄い」と。それでは真の神を知らない異邦人と同じではないかと。明日のことは明日が心配する。その日の労苦に集中すれば良いのだ。


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2004年12月19日

メッセンジャー:國分広士牧師
聖書箇所:ルカの福音書 1章26節〜33節
宣教題:「こわがることはない」
國分牧師

1.マリヤのとまどい(29)

マリヤは最初、ひどくとまどった。突然の御使いの出現、処女から子が生まれると言う不思議、自分のような立場のない者に大きな使命が与えられる驚き。受け止められる方がおかしいと思えるほどの出来事だったのである。

2.神からの恵み(30)

しかし御使いはマリヤに「おめでとう」と言った。彼女に使命が与えられたのは災難ではなく、恵みなのである。神のおそば近くにいる御使いだからこそ、主のご計画に深く参与できる喜びを良く理解していた。それは子が親孝行をさせてもらえるような充実感。被造物に与えられた信じられないほど大きな恵みだった。

3.主がともにおられる(28)

使命だけでなく、使命を与える主ご自身がともにおられることこそ、大きな恵みである。主の家にいる一日は千日にまさる(詩84:10)。使命と主の隣在は結びついている。主イエスは使命を与えた弟子とともにいると約束された(マタイ28:19-20)。だからこわがらずに喜びを持って、恵みの使命を受け取ろう。


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2004年12月12日

メッセンジャー:高松和代伝道師
聖書箇所:マルコの福音書 4章21節〜25節
宣教題:「輝く光の中に」
高松伝道師

1.あかりのたとえ(21)

ここにある短い譬えは他の箇所でも用いられるが、目的が異なるので、注意深く見る必要がある。マルコの表現は正確には「その光が来るのは、枡の下や…」と書かれています。特別な光が来ているのです。その光とは、主イエスであり、神の国を示しています。主イエスと神の国は、闇にとざれた人々の光として訪れました。

2.隠されているものたとえ(22)

主イエスはご自身を「人の子」と呼び、また神の国をたとえで語られました。それは隠すためでなく、人が真理を理解できないので、誤った道に迷い込まないための表現です。今は隠れていることはやがて神によって「現され」「明らかにされる」ためです。そのときに人間の知恵では知りえなかった救いの恵みが明らかになります。

3.はかりのたとえ(23-25)

聞き方に対する警告と励まし。主に信頼して心を開いて聞こうとするなら、主ご自身が心の量りを広げ、あふれる恵みを注がれる。聞く態度が豊かさと貧しさを分ける。だから聞き方に注意し豊かにされたい。


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2004年12月5日

メッセンジャー:國分広士師
聖書箇所:テトスへの手紙 3章3節〜5節
宣教題:「神のいつくしみ」
國分牧師

1.いつくしみ

いつくしみとは愛しかわいがること。これこそ神の本性であり、神はいつくしむ対象として私たちを存在させた。神の目から見れば私たちもかわいらしい。神ほど豊かに愛するお方はほかにいない。

2.いつくしまれるはずのない罪の悲惨さ

しかし、神は愛だけではなく聖いお方でもある。神ほど聖いお方はない。聖さは罪を受け入れられない。なのに私たちは愚かで不従順で欲情と快楽の奴隷で悪意とねたみを持ち互いに憎みあう。神が聖い方であることを考えるなら、いつくしまれるはずのない者なのである。

3.義のわざによってではなくあわれみのゆえに

私たちは自分の罪をつぐなうことはできない。愚かさ故にできると思うこともある。しかし罪の奴隷なので、罪に支配され、自分の罪深さをコントロールすることはできない。助けは一方的に神のあわれみによる。私たちはレスキュー隊を待つしかない人生の遭難者であり、神は私たちを救うため、イエス・キリストをこの世に派遣してくださったのだ。


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