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礼拝メッセージ(2004年11月)

2004年11月28日

メッセンジャー:國分広士師
聖書箇所:エペソ人への手紙 1章18節〜19節
宣教題:「今こそキリストの愛に応えて」
國分牧師

1.望みを持つ

アドベント。それはクリスマスを待ち望む時。やがて喜びの日が来ることを知っているので、待つこと自体が喜びの時となる。年中行事ですら期待に胸を膨らませるのならば、やがて神が与えてくださる喜びを期待するなら、もっと大きな「待ち望む喜び」があるはず。

2.心の目は見えているか

パウロは決して妄想にふけっているのではなく、神の与えてくださる祝福をリアルに感じているので喜びがあふれ、エペソの人々も心の目がはっきり見えてこれを理解することを願う。しかしこの時代は期待よりも不安の強い時代。もしも私たちの心に喜びがあまりないのなら、時代に流され、心の目がぼんやりとしか見えていないからだ。

3.パウロと同じように祈り求めよう

TV・新聞・インターネット等で私たちはニュースを知ろうとする。それ以上の情熱を傾けて、神の偉大さと、神の与えてくださる望みのすばらしさを知ろうと求めているだろうか。パウロの祈りをともに祈ろう。主よ、どうか私の心の目がはっきり見えるようにしてください。知恵と啓示の御霊を求めます。アーメン。


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2004年11月21日

メッセンジャー:ティム・ヒューバー師
聖書箇所:マタイの福音書 7章24節〜27節
     エレミヤ書29章11節〜13節
宣教題:「希望に満ちた明日」
ティム師

「過去の失敗が明日の希望に変えられる」

1.人生の失敗

失敗の上に成功が成り立つ。失敗が多くても恐れることはないが、あまりに大きな失敗は人々に被害を及ぼすこともある。そのような人生のひどい失敗は、土台のない生き方から来る。(1)何のために生きるか?(人間の存在の意味、目的)(2)一番良い生き方は?(3)死後にどうなるか?これら3つの根本的な質問の答えは人生の土台に欠かせない。神のことばである聖書がなければ、このような人生の根本的な話題には答えられない。

2.明日の希望のための神の約束

エレミヤ29:11〜13とその他にも神のすばらしい約束がある。ここに神の愛と恵みがはっきり見える。

3.希望に満ちた明日を迎えるために

心を込めて神を求めると必ず神と出会えるという約束がある。神が私たち一人一人をまず求めてくださったからである。永遠の神、全能の神は、世の始めから今日に至るまで私たちを探してこられた。あなたもイエス・キリストの十字架を通して、神と出会えば、希望に満ちた明日を迎えることが出来る。


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2004年11月14日

メッセンジャー:高松和代伝道師
聖書箇所:マルコの福音書 4章10節〜12節
宣教題:「神の奥義」
高松伝道師

1.対照的な人々(10)

たとえを聞いた多くの者は関心を示さない。彼らの関心はただローマから開放され、イスラエルの国が再興されること。だが主イエスに尋ねた人は、主のことばに信頼し聞き従うことを望んだ。

2.神の国とその奥義(11)

奥義は神が隠された秘密(ダニエル2:27-30)。人の知恵によって知ることは出来ない永遠の神のご計画。また神の国は神が私たちを支え、導き、整えてくださること。だから「神の国の奥義」は主イエスによって守られ、救いの完成へと導かれる特権がすでに歴史の中に始まったことを明らかにする。私たちのために十字架にかかり甦られた主イエスを信じることによって、神の国の幸いは私たちに与えられる。

3.イザヤの預言(12)

彼らに奥義が隠されたのは主イエスに信頼しなかったから。だがイザヤの預言は最終宣告でない。主イエスを拒む者もパウロのように悔い改めに導かれる。逆にユダのように後に心を閉ざせば悔い改めを逃す。11節の「知らされる」は神の一方的な恵みによって知らされる特権。恵みを受ける謙遜な心で主イエスの御言葉を聞き、神の啓示の力を受け、栄光に変えていただきたい。(エペソ1:17-19、Uコリント4:6,7)


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2004年11月7日

メッセンジャー:國分広士牧師
聖書箇所:サムエル記第一 17章32節〜51節
宣教題:「少年の信仰による勝利」
國分牧師

1.信仰による志願

少年ダビデは民族の運命を決する、圧倒的(4-11節)な敵との戦いに志願した。彼は向こう見ずな若者ではなかった。羊を守るために獣と戦うことと、民族を守るためにゴリアテと戦うことは本質的に同じであり、救いを与えるのは主だと信じていた(37節)から志願したのだ。

2.信仰による戦いの準備

ダビデは王の与えた武具ではなく、いつもの羊飼いの姿で戦いに臨んだ(40節)。慣れない武具はかえって邪魔。また、勝てば人々は武具に注目してしまう。主が自分に与えられた賜物を用いて戦うことこそ、主の戦い(47節)であり、主をあかしする結果になる。自分にないものを嘆かずに、自分に与えられているものを感謝して用いよう。

3.信仰による勝利

小さな石は急所に命中しなくては意味がない。ダビデの真の武器は主の御名(45節)への信仰。信仰は精神集中のテクニックではない。意志を持って導き、人間の経験や能力を用いてご自分の計画を達成される生ける神を信じるのである(46節)。戦いはあっけなく終わった。弱く見えた少年には実は最強の味方である主がついておられたのである。


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