| 2004年1月18日 |
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メッセンジャー:國分広士牧師 |
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聖書箇所:使徒の働き 16章35節-17章2節 |
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宣教題:「いつものように」 |
| 1. |
簡単なことではない
「いつもしているように」(17:2)というのは実は簡単ではない。彼らはすぐ前に無実の罪で取り調べなしの逮捕・むち打ち投獄という仕打ちを受けた。そのような経験の後に平常心で歩むことは難しい。パウロが優れた人なので、つらく感じないのか。長官たちに抗議する様子からは、そうは思えない。ではなぜいつものように語れたのか? |
| 2. |
福音への思いの故
パウロたちは釈放後、すぐに兄弟たちを励ます。いたわられるはずの場で、むしろ励ますところにパウロたちの心が現れている。どんなことよりも福音を伝えることに関心があったのである。だから、彼らの宣教で救われた人々が彼らの事件の故に動揺しないようにと励ますのである。長官への抗議も、キリスト者の名誉を守るという意識で行なったのだろう。次の場所での宣教をに対しても、苦労やつらさを思うより、福音を伝えたいという願い、伝えられるという喜びの方が勝っていた。だから、あの厳しい経験をも乗り越えられた。 |
| 3. |
私たちの関心
私たちも心にはどんな願いがあるのかが生き方に表れる。主にあって良い願いを持つなら、積極的で安定した生き方に結びつく。 |