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礼拝メッセージ

今月のみことば
「主はモーセに答えられた。 『主の手は短いのだろうか。 わたしのことばが実現するかどうかは、 今わかる。』」                              (民数記 11:23)



2010年3月7日

國分広士牧師
聖書箇所:出エジプト記 17章8節〜13節
宣教題:「祈り手を支える者」
國分牧師

1.アマレク人と戦うヨシュア

イスラエルの民をアマレク人が襲撃して来た理由は記されていないが、略奪が目当てだったのではないか。イスラエルは防衛戦のためヨシュアに軍隊を編制させ、翌朝決戦となった。

2.背後で祈るモーセ

武器を持って戦う民を見下ろす背後の丘でモーセは神の杖を持つ手を上げていた。これは祈りを意味する行為。モーセが手を上げていればイスラエルが優勢になるが、降ろすと劣勢になる。このような祈りの支援の例は現実に多く聞く。実は背後の祈りには大きな意味がある。

3.モーセの祈りを援助するアロンとフル

この記事の興味深い所は、モーセの手が疲れた時に、共にいたアロンとフルがその手を支えたというところ。交代で杖を持ったのではない。三人で力を合わせたのである。誰かが祈っていればいいのではない。それでは人任せになり、自分の祈りの責任がどこかに消えてしまう。

4.全ての者が用いられての勝利

勝利を得るまでモーセの手はしっかり上がっていた。三人の老人にはきつい仕事だっただろうが、やり遂げた。ヨシュアも祈りの支援を得て、戦い抜いた。神の民は、誰か特定の人ががんばればいいのではない。現実に奉仕する者も、背後で祈る者も、その祈りを支える者もいて、全てが用いられて勝利に結びつくのである。



音声を聞く(MP3 64Kbps 23分)

出エジプト記 17章8節〜13節
8 さて、アマレクが来て、レフィディムでイスラエルと戦った。
9 モーセはヨシュアに言った。「私たちのために幾人かを選び、出て行ってアマレクと戦いなさい。あす私は神の杖を手に持って、丘の頂に立ちます。」
10 ヨシュアはモーセが言ったとおりにして、アマレクと戦った。モーセとアロンとフルは丘の頂に登った。
11 モーセが手を上げているときは、イスラエルが優勢になり、手を降ろしているときは、アマレクが優勢になった。
12 しかし、モーセの手が重くなった。彼らは石を取り、それをモーセの足もとに置いたので、モーセはその上に腰掛けた。アロンとフルは、ひとりはこちら側、ひとりはあちら側から、モーセの手をささえた。それで彼の手は日が沈むまで、しっかりそのままであった。
13 ヨシュアは、アマレクとその民を剣の刃で打ち破った。

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年月日 宣教題 聖書箇所 メッセンジャー
2010年3月
3月 7日 祈り手を支える者 出エジプト記 17章8節〜13節 國分広士牧師
2010年2月
2月28日 祈りとは主の前に出ること 出エジプト記 19章3節〜9節 國分広士牧師
2月21日 坂の上の風景 ヨブ記 12章7節〜25節 佐久間章牧師
2月14日 主のもとに戻る 出エジプト記 4章27節〜6章1節 國分広士牧師
2月 7日 ああ主よ。どうか… 出エジプト記 4章1節〜20節 國分広士牧師
2010年1月
1月31日 神のかたちに造られた人間 創世記 1章24節〜31節 國分広士牧師
1月24日 キリストに従う ヨハネの福音書 21章15節〜22節 井之上薫牧師
1月17日 とりなしの祈り 創世記 18章16節〜33節 國分広士牧師
1月10日 主に従う祈り 創世記 12章1節〜8節 國分広士牧師
1月 3日 祈りの始まり 創世記 4章25節〜26節 國分広士牧師
1月 1日 みことばと祈りに燃えよう 使徒の働き 2章40節〜42節 國分広士牧師
2009年分はこちらをご覧ください。